February 18, 2009

エレミヤ書2章

エレミヤを通して、ヨシア王の時代への警告の預言である。

極めて厳しい言葉が連なっている。このとき、イスラエル北王国は、すでにアッシリアの捕囚となっている。そして、これから、南王国も危機に直面しようとしている。

しかし、残されているイスラエルの民は、まだ悔い改めようとしていない。神が神であるという、基本的な信仰すら守られていない、信仰の破綻がここで描かれている。

神は、エジプトの奴隷生活から、荒野の40年を経て、カナンという約束の地に入ったにも関わらず、あらゆる面での堕落があったということだ。

(Jer 2:8)
祭司たちは、『主はどこにおられるのか。』と言わず、律法を取り扱う者たちも、わたしを知らず、牧者たちもわたしにそむき、預言者たちはバアルによって預言して、無益なものに従って行った。

これは、現在のアメリカのような、クリスチャン国にも適応できるし、すでにクリスチャンになった人々にも適応できる。アメリカでは、同性愛がすでに社会的権利を得ようとしているし、教会もそれを是認しはじめている。神の恵みをこれほど知っていながら、まことの神に感謝し、従うところから離れている。

(Jer 2:31)
あなたがた、この時代の人々よ。主のことばに心せよ。

ここで言われているように、私たちは、神のことばのみに、帰ってゆくべきである。あらゆる、心理学や、異教の影響から脱して、本来の召しに立ち返らなければならない。

21世紀の時代背景は、このヨシア王の時代のイスラエルにそっくりであるともいえる。


(Jer 2:1)
ついで、私に次のような主のことばがあった。

(Jer 2:2)
「さあ、行って、主はこう仰せられると言って、エルサレムの人々の耳に呼ばわれ。わたしは、あなたの若かったころの誠実、婚約時代の愛、荒野の種も蒔かれていない地でのわたしへの従順を覚えている。

(Jer 2:3)
イスラエルは主の聖なるもの、その収穫の初穂であった。これを食らう者はだれでも罪に定められ、わざわいをこうむったものだ。・・主の御告げ。・・」

(Jer 2:4)
ヤコブの家と、イスラエルの家のすべてのやからよ。主のことばを聞け。

(Jer 2:5)
主はこう仰せられる。「あなたがたの先祖は、わたしにどんな不正を見つけて、わたしから遠く離れ、むなしいものに従って行って、むなしいものとなったのか。

(Jer 2:6)
彼らは尋ねもしなかった。『主はどこにおられるのか。私たちをエジプトの国から上らせた方、私たちに、荒野の荒れた穴だらけの地、砂漠の死の陰の地、人も通らず、だれも住まない地を行かせた方は。』と。

(Jer 2:7)
しかし、わたしはあなたがたを、実り豊かな地に連れてはいり、その良い実を食べさせた。ところが、あなたがたは、はいって来て、わたしの国を汚し、わたしのゆずりの地を忌みきらうべきものにした。

(Jer 2:8)
祭司たちは、『主はどこにおられるのか。』と言わず、律法を取り扱う者たちも、わたしを知らず、牧者たちもわたしにそむき、預言者たちはバアルによって預言して、無益なものに従って行った。

(Jer 2:9)
そのため、わたしはなお、あなたがたと争う。・・主の御告げ。・・また、あなたがたの子孫と争う。

(Jer 2:10)
キティムの島々に渡ってよく見よ。ケダルに人を遣わして調べてみよ。このようなことがあったかどうか、よく見よ。

(Jer 2:11)
かつて、神々を神々でないものに、取り替えた国民があっただろうか。ところが、わたしの民は、その栄光を無益なものに取り替えた。

(Jer 2:12)
天よ。このことに色を失え。おぞ気立て。干上がれ。・・主の御告げ。・・

(Jer 2:13)
わたしの民は二つの悪を行なった。湧き水の泉であるわたしを捨てて、多くの水ためを、水をためることのできない、こわれた水ためを、自分たちのために掘ったのだ。

(Jer 2:14)
イスラエルは奴隷なのか。それとも家に生まれたしもべなのか。なぜ、獲物にされたのか。

(Jer 2:15)
若獅子は、これに向かってほえたけり、叫び声をあげて、その地を荒れ果てさせ、その町々は焼かれて住む者もいなくなる。

(Jer 2:16)
ノフとタフパヌヘスの子らも、あなたの頭の頂をそりあげる。

(Jer 2:17)
あなたの神、主が、あなたを道に進ませたとき、あなたは主を捨てたので、このことがあなたに起こるのではないか。

(Jer 2:18)
今、ナイル川の水を飲みにエジプトの道に向かうとは、いったいどうしたことか。ユーフラテス川の水を飲みにアッシリヤの道に向かうとは、いったいどうしたことか。

(Jer 2:19)
あなたの悪が、あなたを懲らし、あなたの背信が、あなたを責める。だから、知り、見きわめよ。あなたが、あなたの神、主を捨てて、わたしを恐れないのは、どんなに悪く、苦々しいことかを。・・万軍の神、主の御告げ。・・

(Jer 2:20)
実に、あなたは昔から自分のくびきを砕き、自分のなわめを断ち切って、『私は逃げ出さない。』と言いながら、すべての高い丘の上や、すべての青々とした木の下で、寝そべって淫行を行なっている。

(Jer 2:21)
わたしは、あなたをことごとく純良種の良いぶどうとして植えたのに、どうしてあなたは、わたしにとって、質の悪い雑種のぶどうに変わったのか。

(Jer 2:22)
たとい、あなたがソーダで身を洗い、たくさんの灰汁を使っても、あなたの咎は、わたしの前では汚れている。・・神である主の御告げ。・・

(Jer 2:23)
どうしてあなたは、『私は汚れていない。バアルたちには従わなかった。』と言えようか。谷の中でのあなたの道を省み、何をしたかを知れ。あなたは、道をあちこち走り回るすばやい雌のらくだ、

(Jer 2:24)
また、荒野に慣れた野ろばだ。欲情に息はあえぐ。そのさかりのとき、だれがこれを静めえようか。これを捜す者は苦労しない。その発情期に、これを見つけることができる。

(Jer 2:25)
はだしにならないよう、のどが渇かないようにせよ。しかし、あなたは言う。『あきらめられません。私は他国の男たちが好きです。それについて行きたいのです。』と。

(Jer 2:26)
盗人が、見つけられたときに、はずかしめられるように、イスラエルの家もはずかしめられる。彼らの王たち、首長たち、祭司たち、預言者たちがそうである。

(Jer 2:27)
彼らは木に向かっては、『あなたは私の父。』、石に向かっては、『あなたは私を生んだ。』と言っている。実に、彼らはわたしに背を向けて、顔を向けなかった。それなのに、わざわいのときには、『立って、私たちを救ってください。』と言う。

(Jer 2:28)
では、あなたが造った神々はどこにいるのか。あなたのわざわいのときには、彼らが立って救えばよい。ユダよ。あなたの神々は、あなたの町の数ほどもいるからだ。

(Jer 2:29)
なぜ、あなたがたは、わたしと争うのか。あなたがたはみな、わたしにそむいている。・・主の御告げ。・・

(Jer 2:30)
わたしはあなたがたの子らを打ったが、むだだった。その懲らしめは役に立たなかった。あなたがたの剣は、食い滅ぼす獅子のように、あなたがたの預言者たちを食い尽くした。

(Jer 2:31)
あなたがた、この時代の人々よ。主のことばに心せよ。わたしはイスラエルにとって、荒野であったのか。あるいは暗黒の地であったのか。どうしてわたしの民は、『私たちはさまよい出て、もうあなたのところには帰りません。』と言うのか。

(Jer 2:32)
おとめが自分の飾り物を忘れ、花嫁が自分の飾り帯を忘れるだろうか。それなのに、わたしの民がわたしを忘れた日数は数えきれない。

(Jer 2:33)
あなたが愛を求める方法は、なんと巧みなことか。それであなたは、悪い女にも、自分の方法を巧みに教えたのだ。

(Jer 2:34)
あなたのすそには、罪のない貧しい人たちの、いのちの血が見える。彼らの押し入るのを、あなたが見つけたわけでもないのに。しかも、これらのことがあるにもかかわらず、

(Jer 2:35)
あなたは『私には罪がない。確かに、御怒りは私から去った。』と言っている。『私は罪を犯さなかった。』と言うから、今、わたしはあなたをさばく。

(Jer 2:36)
なんと、簡単に自分の道を変えることか。あなたはアッシリヤによってはずかしめられたと同様に、エジプトによってもはずかしめられる。

(Jer 2:37)
そこからもあなたは、両手を頭にのせて出て来よう。主があなたの拠り頼む者を退けるので、あなたは彼らによって栄えることは決してない。