エレミヤは「主は高められる」という意味の名を持つ。アナトテ(答えの複数形、解答)にいた、紀元前7世紀ごろの人物である。(BC627が二節の年である。)このときは、おそらく20才ぐらいであったといわれる。その後40年後、南ユダは、バビロンにより捕囚となる。そして、捕囚の年は、BC586である。
エレミヤは、母の胎内でつくる前から、召されていると言われた。若いエレミヤはその召しを恐れるが、神の彼に対する計画は揺るがない。預言者の人生とは、人の顔色を伺うものではない。人気者になる道ではない。ただ、主の言葉を伝達するのみである。
エレミヤが見たのは、アーモンドの枝であった。アーモンドは、1月ごろ花を咲かせる、春の到来を告げる木である。アーモンドは、イスラエルにとっての新しい時代の到来を知らせる。しかし、この場合は、北からの災いのメッセージである。
イスラエルに対して、そして、エルサレムの悔い改めを迫るのが、彼の生涯のメッセージとなった。預言者は人の顔を見てはならない。預言者は人からの評価で動くものではない。預言者は、死をも覚悟した人生を、主のみに捧げることが必要である。そして、真理の帯を腰に巻く必要がある。
わたしたちも、現代、同じような状況にあることを知る必要があるだろう。今の世界で、悔い改めることは、極めて重要なことである。悔い改めるとき、神は救い出すのである。(19節)
Jer 1:1-19
(1) ベニヤミンの地アナトテにいた祭司のひとり、ヒルキヤの子エレミヤのことば。
(2) アモンの子、ユダの王ヨシヤの時代、その治世の第十三年に、エレミヤに主のことばがあった。
(3) それはさらに、ヨシヤの子、ユダの王エホヤキムの時代にもあり、ヨシヤの子、ユダの王ゼデキヤの第十一年の終わりまで、すなわち、その年の第五の月、エルサレムの民の捕囚の時まであった。
(4) 次のような主のことばが私にあった。
(5) 「わたしは、あなたを胎内に形造る前から、あなたを知り、あなたが腹から出る前から、あなたを聖別し、あなたを国々への預言者と定めていた。」
(6) そこで、私は言った。「ああ、神、主よ。ご覧のとおり、私はまだ若くて、どう語っていいかわかりません。」
(7) すると、主は私に仰せられた。「まだ若い、と言うな。わたしがあなたを遣わすどんな所へでも行き、わたしがあなたに命じるすべての事を語れ。
(8) 彼らの顔を恐れるな。わたしはあなたとともにいて、あなたを救い出すからだ。・・主の御告げ。・・」
(9) そのとき、主は御手を伸ばして、私の口に触れ、主は私に仰せられた。「今、わたしのことばをあなたの口に授けた。
(10) 見よ。わたしは、きょう、あなたを諸国の民と王国の上に任命し、あるいは引き抜き、あるいは引き倒し、あるいは滅ぼし、あるいはこわし、あるいは建て、また植えさせる。」
(11) 次のような主のことばが私にあった。「エレミヤ。あなたは何を見ているのか。」そこで私は言った。「アーモンドの枝を見ています。」
(12) すると主は私に仰せられた。「よく見たものだ。わたしのことばを実現しようと、わたしは見張っているからだ。」
(13) 再び、私に次のような主のことばがあった。「何を見ているのか。」そこで私は言った。「煮え立っているかまを見ています。それは北のほうからこちらに傾いています。」
(14) すると主は私に仰せられた。「わざわいが、北からこの地の全住民の上に、降りかかる。
(15) 今、わたしは北のすべての王国の民に呼びかけているからだ。・・主の御告げ。・・彼らは来て、エルサレムの門の入口と、周囲のすべての城壁と、ユダのすべての町に向かって、それぞれの王座を設ける。
(16) しかし、わたしは、彼らのすべての悪にさばきを下す。彼らはわたしを捨てて、ほかの神々にいけにえをささげ、自分の手で造った物を拝んだからだ。
(17) さあ、あなたは腰に帯を締め、立ち上がって、わたしがあなたに命じることをみな語れ。彼らの顔におびえるな。さもないと、わたしはあなたを彼らの面前で打ち砕く。
(18) 見よ。わたしはきょう、あなたを、全国に、ユダの王たち、首長たち、祭司たち、この国の人々に対して、城壁のある町、鉄の柱、青銅の城壁とした。
(19) だから、彼らがあなたと戦っても、あなたには勝てない。わたしがあなたとともにいて、・・主の御告げ。・・あなたを救い出すからだ。」