March 10, 2009
エレミヤ書13章
イスラエルからユーフラテス川はかなりの距離である。昔であれば、命がけの旅路である。それを往復して、かつ、それを後に掘り出しに行くという大変な労苦を要求された。そして、その結果は、腐り果てた亜麻布を見つけることだった。
この徒労に終わるような出来事が、ユダとエルサレムの霊的状況を表していた。真っ白な亜麻布が腐り果ててしまうという、悲しむべき堕落がエルサレムにはあった。
預言者の活動とは、かくも徒労と厳しい裁きに満ちているのだが、エレミヤはそれを貫き通している。
エルサレム、ユダは霊的な姦淫に満ちていた。それは、神の目にあって明らかである。しかし、エルサレムが清められることは、神の願いであり、根本的な御心なのだ。したがって、どんなに没落したエルサレムであっても、神の日には回復するが、そのプロセスのなかで、大いなる裁きを通過する。
ゆえに、神の叫びは、「高ぶるな」という宣言である。
人間が、何を誇りにできるのか?
栄華を極めた町であれ、やがて滅びるのである。
主に栄光を帰す生き方のみが、本当の祝福と安全をもたらす。これは、現代の国家、都市においてもまったく同じ原則であることを知らなければならない。
神に立ち返ること。これしか解決はない。逆に、神に立ち返らない、すべての国家、都市、人々に定められていることは、滅びなのだ。
預言者とは、このようなことを安逸をむさぼる人々に語ることである。
(15) 耳を傾けて聞け。高ぶるな。主が語られたからだ。
(16) あなたがたの神、主に、栄光を帰せよ。まだ主がやみを送らないうちに、まだあなたがたの足が、暗い山でつまずかないうちに。そのとき、あなたがたが光を待ち望んでも、主はそれを死の陰に変え、暗やみとされる。
あなたがたの神に、主に、栄光を帰すこと。これがイスラエル、神の民の使命であり、全世界、全国家、国民の生きるべき道なのだ。
Jer 13:1-27
(1) 主は私にこう仰せられた。「行って、亜麻布の帯を買い、それを腰に締めよ。水に浸してはならない。」
(2) 私は主のことばのとおり、帯を買って、腰に締めた。
(3) すると、私に次のような主のことばがあった。
(4) 「あなたが買って腰に着けているその帯を取り、すぐ、ユーフラテス川へ行き、それをそこの岩の割れ目に隠せ。」
(5) そこで、主が私に命じられたように、私は行って、それをユーフラテス川のほとりに隠した。
(6) 多くの日を経て、主は私に仰せられた。「すぐ、ユーフラテス川へ行き、わたしが隠せとあなたに命じたあの帯を取り出せ。」
(7) 私はユーフラテス川に行って、掘り、隠した所から帯を取り出したが、なんと、その帯は腐って、何の役にも立たなくなっていた。
(8) すると、私に次のような主のことばがあった。
(9) 「主はこう仰せられる。わたしはユダとエルサレムの大きな誇りを腐らせる。
(10) わたしのことばを聞こうともせず、自分たちのかたくなな心のままに歩み、ほかの神々に従って、それに仕え、それを拝むこの悪い民は、何の役にも立たないこの帯のようになる。
(11) なぜなら、帯が人の腰に結びつくように、わたしは、イスラエルの全家とユダの全家をわたしに結びつけた。・・主の御告げ。・・それは、彼らがわたしの民となり、名となり、栄誉となり、栄えとなるためだったのに、彼らがわたしに聞き従わなかったからだ。
(12) あなたは彼らにこのことばを伝えよ。『イスラエルの神、主は、こう仰せられる。すべてのつぼには酒が満たされる。』彼らはあなたに、『すべてのつぼに酒が満たされることくらい、私たちは知りぬいていないだろうか。』と言うが、
(13) あなたは彼らに言え。『主はこう仰せられる。見よ。わたしは、この国の全住民、ダビデの王座に着いている王たち、祭司、預言者、およびエルサレムの全住民をすっかり酔わせ、
(14) 彼らを互いにぶつけ合わせて砕く。父も子もともどもに。・・主の御告げ。・・わたしは容赦せず、惜しまず、あわれまないで、彼らを滅ぼしてしまおう。』」
(15) 耳を傾けて聞け。高ぶるな。主が語られたからだ。
(16) あなたがたの神、主に、栄光を帰せよ。まだ主がやみを送らないうちに、まだあなたがたの足が、暗い山でつまずかないうちに。そのとき、あなたがたが光を待ち望んでも、主はそれを死の陰に変え、暗やみとされる。
(17) もし、あなたがたがこれに聞かなければ、私は隠れた所で、あなたがたの高ぶりのために泣き、涙にくれ、私の目は涙を流そう。主の群れが、とりこになるからだ。
(18) 王と王母に告げよ。「低い座に着け。あなたがたの頭から、あなたがたの輝かしい冠が落ちたから。」
(19) ネゲブの町々は閉ざされて、だれもあける者はいない。ユダはことごとく捕え移され、ひとり残らず捕え移される。
(20) あなたがたの目を上げ、北から来る者たちを見よ。・・あなたに賜わった群れ、あなたの美しい羊の群れはどこにいるのか。・・
(21) あなたは彼らを最も親しい友として、自分に教えこんでいたのに。主があなたを罰するとき、あなたは何と言おうとするのか。苦痛があなたを捕えないだろうか。子を産む女のように。
(22) あなたが心の中で、「なぜ、こんなことが、私の身に起こったのか。」と言うなら、それは、あなたの多くの咎のために、あなたのすそはまくられ、あなたのかかとがそこなわれたからだ。
(23) クシュ人がその皮膚を、ひょうがその斑点を、変えることができようか。もしできたら、悪に慣れたあなたがたでも、善を行なうことができるだろう。
(24) わたしは、彼らを、荒野の風に吹き飛ばされるわらのように散らす。
(25) これがあなたの受ける割り当て、わたしがあなたに量り与える分である。・・主の御告げ。・・あなたがわたしを忘れ、偽りに拠り頼んだためだ。
(26) わたしも、あなたのすそを、顔の上までまくるので、あなたの恥ずべき所が現われる。
(27) あなたの姦淫、あなたのいななき、あなたの淫行のわざ・・この忌むべき行ないを、わたしは、丘の上や野原で見た。ああ。エルサレムよ。あなたはいつまでたっても、きよめられないのか。
March 9, 2009
エレミヤ書12章
その答えは、5節以下にある。
神の民に、本質的な神への回帰がない限り、この世界が救われることがない。イスラエルは、神の民として、全世界を代表して選ばれたのだが、破壊の前に悔い改めることはなかった。
預言者は、その道筋を教えられ、見せられる。そこにエレミヤの苦闘があったのだ。
しかし、人々は相変わらず、エレミヤのメッセージを聞くことはない。
イスラエルは捕囚となるのだが、それは、近隣諸国さえ巻き込むものとなる。この章は、だれであれ、神の道を歩むなら回復されることが預言されている。
現代においても、これは同じである。イスラエルの滅びは、世界を巻き込むものとなる、しかし、主に付く国家は、捕囚を経ても同様に回復するのである。
Jer 12:1-17
(1) 主よ。私があなたと論じても、あなたのほうが正しいのです。それでも、さばきについて、一つのことを私はあなたにお聞きしたいのです。なぜ、悪者の道は栄え、裏切りを働く者が、みな安らかなのですか。
(2) あなたは彼らを植え、彼らは根を張り、伸びて、実を結びました。あなたは、彼らの口には近いのですが、彼らの思いからは遠く離れておられます。
(3) 主よ。あなたは私を知り、私を見ておられ、あなたへの私の心をためされます。どうか彼らを、ほふられる羊のように引きずり出して、虐殺の日のために取り分けてください。
(4) いつまで、この地は喪に服し、すべての畑の青草は枯れているのでしょうか。そこに住む者たちの悪のために、家畜も鳥も取り去られています。人々は、「彼は私たちの最期を見ない。」と言っているのです。
(5) あなたは徒歩の人たちと走っても疲れるのに、どうして騎馬の人と競走できよう。あなたは平穏な地で安心して過ごしているのに、どうしてヨルダンの密林で過ごせよう。
(6) あなたの兄弟や、父の家の者さえ、彼らさえ、あなたを裏切り、彼らさえ、あなたのあとから大声で呼ばわるのだから、彼らがあなたに親切そうに語りかけても、彼らを信じてはならない。
(7) 私は、私の家を捨て、私の相続地を見放し、私の心の愛するものを、敵の手中に渡した。
(8) 私の相続地は、私にとって、林の中の獅子のようだ。これは私に向かって、うなり声をあげる。それで、私はこの地を憎む。
(9) 私の相続地は、私にとって、まだらの猛禽なのか。猛禽がそれを取り巻いているではないか。さあ、すべての野の獣を集めよ。連れて来て、食べさせよ。
(10) 多くの牧者が、私のぶどう畑を荒らし、私の地所を踏みつけ、私の慕う地所を、恐怖の荒野にした。
(11) それは恐怖と化し、荒れ果てて、私に向かって嘆いている。全地は荒らされてしまった。だれも心に留める者がいないのだ。
(12) 荒野にあるすべての裸の丘の上に、荒らす者が来た。主の剣が、地の果てから地の果てに至るまで食い尽くすので、すべての者には平安がない。
(13) 小麦を蒔いても、いばらを刈り取り、労苦してもむだになる。あなたがたは、自分たちの収穫で恥を見よう。主の燃える怒りによって。
(14) 「主はこう仰せられる。わたしが、わたしの民イスラエルに継がせた相続地を侵す悪い隣国の民について。見よ、わたしは彼らをその土地から引き抜き、ユダの家も彼らの中から引き抜く。
(15) しかし、彼らを引き抜いて後、わたしは再び彼らをあわれみ、彼らをそれぞれ、彼らの相続地、彼らの国に帰らせよう。
(16) 彼らが、かつて、わたしの民にバアルによって誓うことを教えたように、もし彼らがわたしの民の道をよく学び、わたしの名によって、『主は生きておられる。』と誓うなら、彼らは、わたしの民のうちに建てられよう。
(17) しかし、彼らが聞かなければ、わたしはその国を根こぎにして滅ぼしてしまう。・・主の御告げ。・・」
March 6, 2009
エレミヤ書11章
神の民イスラエルが、神の声を聞かず、土着の偶像を導入してしまったという事実がここにある。神を愛し、御ことばを神のことばとして信じる。このすべての基本をないがしろにするなら、その結末は滅びなのだ。
これを現代に応用するなら、すべてのクリスチャンがどれほど、神の声を聞き、それにしたがっているのかということが問われる。エレミヤはユダとエルサレムという、神の国の領域でこのことを宣言した。しかし、そのような主張をするエレミヤは命さえ狙われたのだが、神の裁きと守りは彼の上にあった。
現代の真の預言的ミニストリーは、このエレミヤのスピリットを持つものである。
(Jer 11:1) 主からエレミヤにあったみことばは、こうである。
(Jer 11:2) 「この契約のことばを聞け。これをユダの人とエルサレムの住民に語って、
(Jer 11:3) 彼らに言え。イスラエルの神、主は、こう仰せられる。この契約のことばを聞かない者は、のろわれよ。
(Jer 11:4) これは、わたしがあなたがたの先祖をエジプトの国、鉄の炉から連れ出した日に、『わたしの声に聞き従い、すべてわたしがあなたがたに命ずるように、それを行なえ。そうすれば、あなたがたはわたしの民となり、わたしはあなたがたの神となる。』と言って、彼らに命じたものだ。
(Jer 11:5) それは、わたしがあなたがたの先祖に対して、乳と蜜の流れる地を彼らに与えると誓った誓いを、今日あるとおり成就するためであった。」そこで、私は答えて言った。「主よ。アーメン。」
(Jer 11:6) すると主は私に仰せられた。「これらのことばのすべてを、ユダの町々と、エルサレムのちまたで叫んで、こう言え。『この契約のことばを聞いて、これを行なえ。』
(Jer 11:7) わたしは、あなたがたの先祖をエジプトの国から導き出した日に、彼らをはっきり戒め、また今日まで、『わたしの声を聞け。』と言って、しきりに戒めてきた。
(Jer 11:8) しかし彼らは聞かず、耳を傾けず、おのおの悪いかたくなな心のままに歩んだ。それで、わたしはこの契約のことばをみな、彼らに実現させた。わたしが行なうように命じたのに、彼らが行なわなかったからである。」
(Jer 11:9) ついで、主は私に仰せられた。「ユダの人、エルサレムの住民の間に、謀反がある。
(Jer 11:10) 彼らは、わたしのことばを聞こうとしなかった彼らの先祖たちの咎をくり返し、彼ら自身も、ほかの神々に従って、これに仕えた。イスラエルの家とユダの家は、わたしが彼らの先祖たちと結んだわたしの契約を破った。」
(Jer 11:11) それゆえ、主はこう仰せられる。「見よ。わたしは彼らにわざわいを下す。彼らはそれからのがれることはできない。彼らはわたしに叫ぶだろうが、わたしは彼らに聞かない。
(Jer 11:12) そこで、ユダの町々とエルサレムの住民は、彼らが香をたいた神々のもとに行って叫ぶだろうが、これらは、彼らのわざわいの時に、彼らを決して救うことはできない。
(Jer 11:13) なぜなら、ユダよ、あなたの神々は、あなたの町の数ほどもあり、あなたがたは、恥ずべきもののための祭壇、バアルのためにいけにえを焼く祭壇を、エルサレムの通りの数ほども設けたからである。
(Jer 11:14) あなたは、この民のために祈ってはならない。彼らのために叫んだり祈りをささげたりしてはならない。彼らがわざわいに会ってわたしを呼ぶときにも、わたしは聞かないからだ。
(Jer 11:15) わたしの愛する者は、わたしの家で、何をしているのか。何をたくらんでいるのか。誓願のささげ物や、いけにえの肉が、わざわいをあなたから過ぎ去らせるのか。その時には、こおどりして喜ぶがよい。
(Jer 11:16) 主はかつてあなたの名を、『良い実をみのらせる美しい緑のオリーブの木。』と呼ばれたが、大きな騒ぎの声が起こると、主はこれに火をつけ、その枝を焼かれる。
(Jer 11:17) あなたを植えた万軍の主が、あなたにわざわいを言い渡す。これはイスラエルの家とユダの家が、悪を行ない、バアルにいけにえをささげて、わたしの怒りを引き起こしたからである。」
(Jer 11:18) 主が私に知らせてくださったので、私はそれを知りました。今、あなたは、彼らのわざを、私に見せてくださいました。
(Jer 11:19) 私は、ほふり場に引かれて行くおとなしい子羊のようでした。彼らが私に敵対して、「木を実とともに滅ぼそう。彼を生ける者の地から断って、その名が二度と思い出されないようにしよう。」と計画していたことを、私は知りませんでした。
(Jer 11:20) しかし、正しいさばきをし、思いと心をためされる万軍の主よ。あなたが彼らに復讐するのを私は見ることでしょう。私が、あなたに私の訴えを打ち明けたからです。
(Jer 11:21) それゆえ、主はアナトテの人々について、こう仰せられた。「彼らはあなたのいのちをねらい、『主の名によって預言するな。われわれの手にかかってあなたが死なないように。』と言っている。」
(Jer 11:22) それで、万軍の主はこう仰せられる。「見よ。わたしは彼らを罰する。若い男は剣で殺され、彼らの息子、娘は飢えて死に、
(Jer 11:23) 彼らには残る者がいなくなる。わたしがアナトテの人々にわざわいを下し、刑罰の年をもたらすからだ。」
March 5, 2009
エレミヤ書10章
(Jer 10:2) 主はこう仰せられる。「異邦人の道を見習うな。天のしるしにおののくな。異邦人がそれらにおののいていても。
(Jer 10:3) 国々の民のならわしはむなしいからだ。それは、林から切り出された木、木工が、なたで造った物にすぎない。
(Jer 10:4) それは銀と金で飾られ、釘や、槌で、動かないように打ちつけられる。
(Jer 10:5) それは、きゅうり畑のかかしのようで、ものも言えず、歩けないので、いちいち運んでやらなければならない。そんな物を恐れるな。わざわいも幸いも下せないからだ。」
(Jer 10:6) 主よ。あなたに並ぶ者はありません。あなたは大いなる方。あなたの御名は、力ある大いなるものです。
(Jer 10:7) 諸国の民の王よ。だれかあなたを恐れない者がありましょうか。それは、あなたに対して当然なことです。諸国の民のすべての知恵ある者たちの中にも、そのすべての王国の中にも、あなたと並ぶような者はいないからです。
(Jer 10:8) 彼らはみなまぬけ者で愚かなことをする。むなしい神々の戒め・・それは木にすぎない。
(Jer 10:9) 銀箔はタルシシュから、金はウファズから運ばれる。偶像は木工と金細工人の手の作。その衣は青色と紫色、これらはみな、名匠の作。
(Jer 10:10) しかし、主はまことの神、生ける神、とこしえの王。その怒りに地は震え、その憤りに国々は耐えられない。
(Jer 10:11) あなたがたは、彼らにこう言え。「天と地を造らなかった神々は、地からも、これらの天の下からも滅びる。」と。
(Jer 10:12) 主は、御力をもって地を造り、知恵をもって世界を堅く建て、英知をもって天を張られた。
(Jer 10:13) 主が声を出すと、水のざわめきが天に起こる。主は地の果てから雲を上らせ、雨のためにいなずまを造り、その倉から風を出される。
(Jer 10:14) すべての人間は愚かで無知だ。すべての金細工人は、偶像のために恥を見る。その鋳た像は偽りで、その中に息がないからだ。
(Jer 10:15) それは、むなしいもの、物笑いの種だ。刑罰の時に、それらは滅びる。
(Jer 10:16) ヤコブの分け前はこんなものではない。主は万物を造る方。イスラエルは主ご自身の部族。その御名は万軍の主である。
(Jer 10:17) 包囲されている女よ。あなたの荷物を地から取り集めよ。
(Jer 10:18) まことに主はこう仰せられる。「見よ。わたしはこの国の住民を、今度こそ放り出し、彼らを悩ます。彼らに思い知らせてやるためだ。」
(Jer 10:19) ああ、私は悲しい。この傷のために。この打ち傷はいやしがたい。そこで、私は言った。「まことに、これこそ私が、負わなければならない病だ。」
(Jer 10:20) 私の天幕は荒らされ、すべての綱は断ち切られ、私の子らも私から去って、もういない。再び私の天幕を張る者はなく、私の幕屋を建てる者もいない。
(Jer 10:21) 牧者たちは愚かで、主を求めなかった。それで彼らは栄えず、彼らの飼うものはみな散らされる。
(Jer 10:22) 聞け、うわさを。見よ。大いなる騒ぎが北の地からやって来る。ユダの町々を荒れ果てた地とし、ジャッカルの住みかとするために。
(Jer 10:23) 主よ。私は知っています。人間の道は、その人によるのでなく、歩くことも、その歩みを確かにすることも、人によるのではないことを。
(Jer 10:24) 主よ。御怒りによらず、ただ公義によって、私を懲らしてください。そうでないと、私は無に帰してしまうでしょう。
(Jer 10:25) あなたを知らない諸国の民の上に、あなたの御名を呼ばない諸氏族の上に、あなたの憤りを注いでください。彼らはヤコブを食らい、これを食らって、これを絶滅させ、その住まいを荒らしたからです。
February 28, 2009
エレミヤ書9章
エルサレムは滅ぼされる。そのとき多くが殺される。
この滅びを知っていながら、自らの知恵を誇り高ぶるものたち。そして、宗教的行事はしても、そこに主への礼拝がない。
主はこう仰せられる。「知恵ある者は自分の知恵を誇るな。つわものは自分の強さを誇るな。富む者は自分の富を誇るな。 (Jer 9:23)本当の悟りとは、「わたしを知っていることを」とある。
誇る者は、ただ、これを誇れ。悟りを得て、わたしを知っていることを。わたしは主であって、地に恵みと公義と正義を行なう者であり、わたしがこれらのことを喜ぶからだ。・・主の御告げ。・・ (Jer 9:24)
知恵でも、力でも、富でもない。この世で誇れるものはむなしい。主だけを誇ることだ。神をすることだけが、人生の目的である。そうするなら、神がこの地に正義を行ってくださる。
ああ、私の頭が水であったなら、私の目が涙の泉であったなら、私は昼も夜も、私の娘、私の民の殺された者のために泣こうものを。 (Jer 9:1)
ああ、私が荒野に旅人の宿を持っていたなら、私の民を見捨てて、彼らから離れることができようものを。彼らはみな姦通者、裏切り者の集会だから。 (Jer 9:2)
彼らは舌を弓のように曲げ、真実でなく、偽りをもって、地にはびこる。まことに彼らは、悪から悪へ進み、わたしを知らない。・・主の御告げ。・・ (Jer 9:3)
おのおの互いに警戒せよ。どの兄弟も信用するな。どの兄弟も人を押しのけ、どの友も中傷して歩き回るからだ。 (Jer 9:4)
彼らはおのおの、だまし合って、真実を語らない。偽りを語ることを舌に教え、悪事を働き、依然として悔い改めない。 (Jer 9:5)
彼らはしいたげに、しいたげを重ね、欺きに欺きを重ねて、わたしを知ろうともしなかった。・・主の御告げ。・・ (Jer 9:6)
それゆえ、万軍の主はこう仰せられる。「見よ。わたしは彼らを溶かしてためす。いったい、わたしの民の娘に対し、ほかに何ができようか。 (Jer 9:7)
彼らの舌はとがった矢で、欺きを語る。口先では友人に平和を語るが、腹の中では待ち伏せを計る。 (Jer 9:8)
これらのために、わたしは彼らを罰しないだろうか。・・主の御告げ。・・このような国に対して、わたしが復讐しないだろうか。」 (Jer 9:9)
私は山々のために泣き声をあげて嘆き、荒野の牧草地のために哀歌を唱える。そこは、焼き払われて通る人もなく、群れの声も聞こえず、空の鳥から家畜まで、みな逃げ去っているからだ。 (Jer 9:10)
わたしはエルサレムを石くれの山とし、ジャッカルの住みかとする。ユダの町々を荒れ果てさせ、住む者もなくする。 (Jer 9:11)
知恵があって、これを悟ることのできる者はだれか。主の御口が語られたことを告げ知らせることのできる者はだれか。どうしてこの国は滅びたのか。どうして荒野のように焼き払われて、通る人もないのか。 (Jer 9:12)
主は仰せられる。「彼らは、わたしが彼らの前に与えたわたしの律法を捨て、わたしの声に聞き従わず、それに歩まず、 (Jer 9:13)
彼らのかたくなな心のままに歩み、先祖たちが彼らに教えたバアルに従って歩んだ。」 (Jer 9:14)
それゆえ、イスラエルの神、万軍の主は、こう仰せられる。「見よ。わたしは、この民に、苦よもぎを食べさせ、毒の水を飲ませる。 (Jer 9:15)
彼らも先祖たちも知らなかった国々に彼らを散らし、剣を彼らのうしろに送り、ついに彼らを絶滅させる。」 (Jer 9:16)
万軍の主はこう仰せられる。「よく考えて、泣き女を呼んで来させ、使いをやって巧みな女たちを連れて来させよ。」 (Jer 9:17)
彼らをせきたて、私たちのために嘆きの声をあげさせ、私たちの目に涙をしたたらせ、私たちのまぶたに水をあふれさせよ。 (Jer 9:18)
シオンから嘆きの声が聞こえるからだ。ああ、私たちは踏みにじられ、いたく恥を見た。私たちが国を見捨て、彼らが私たちの住まいを投げやったからだ。 (Jer 9:19)
女たちよ。主のことばを聞き、あなたがたの耳は、主の言われることばを受けとめよ。あなたがたの娘に嘆きの歌を教え、隣の女にも哀歌を教えよ。 (Jer 9:20)
死が、私たちの窓によじのぼり、私たちの高殿にはいって来、道ばたで子どもを、広場で若い男を断ち滅ぼすからだ。 (Jer 9:21)
語れ。・・主の御告げはこうだ。・・人間のしかばねは、畑の肥やしのように、刈り入れ人のあとの、集める者もない束のように、横たわる。 (Jer 9:22)
主はこう仰せられる。「知恵ある者は自分の知恵を誇るな。つわものは自分の強さを誇るな。富む者は自分の富を誇るな。 (Jer 9:23)
誇る者は、ただ、これを誇れ。悟りを得て、わたしを知っていることを。わたしは主であって、地に恵みと公義と正義を行なう者であり、わたしがこれらのことを喜ぶからだ。・・主の御告げ。・・ (Jer 9:24)
見よ。その日が来る。・・主の御告げ。・・その日、わたしは、すべて包皮に割礼を受けている者を罰する。 (Jer 9:25)
エジプト、ユダ、エドム、アモン人、モアブ、および荒野の住人でこめかみを刈り上げているすべての者を罰する。すべての国々は無割礼であり、イスラエルの全家も心に割礼を受けていないからだ。」 (Jer 9:26)
February 27, 2009
エレミヤ書8章
背信者となったエルサレム、ユダに対して、悔い改めがないことを指摘している。
エルサレムは、バビロンにより蹂躙されてしまうのだが、それにはこの背信行為があるのである。
ゆえに、預言者は語る。
悔い改めよと。
そして、18節以降、エレミヤは嘆く。預言者にはこの霊による嘆きが与えられる。
多くの人が見えない、神の裁きへの警告をかれは知っていた。
主の民が、外国のむなしいものに囚われる結果は滅びである。
現代もこれは同じである。
ヨガ、ニューエイジ、同性愛・・・これらのルーツは同じである。
真の悔い改めが必要だ。
(Jer 8:1)
その時、・・主の御告げ。・・人々は、ユダの王たちの骨、首長たちの骨、祭司たちの骨、預言者たちの骨、エルサレムの住民の骨を、彼らの墓からあばき、
(Jer 8:2)
それらを、彼らが愛し、仕え、従い、伺いを立て、拝んだ日や月や天の万象の前にさらす。それらは集められることなく、葬られることもなく、地面の肥やしとなる。
(Jer 8:3)
また、この悪い一族の中から残された残りの者はみな、わたしが追い散らした残りの者のいるどんな所でも、いのちよりも死を選ぶようになる。・・万軍の主の御告げ。・・」
(Jer 8:4)
あなたは、彼らに言え。主はこう仰せられる。「倒れたら、起き上がらないのだろうか。背信者となったら、悔い改めないのだろうか。
(Jer 8:5)
なぜ、この民エルサレムは、背信者となり、背信を続けているのか。彼らは欺きにすがりつき、帰って来ようとしない。
(Jer 8:6)
わたしは注意して聞いたが、彼らは正しくないことを語り、『私はなんということをしたのか。』と言って、自分の悪行を悔いる者は、ひとりもいない。彼らはみな、戦いに突入する馬のように、自分の走路に走り去る。
(Jer 8:7)
空のこうのとりも、自分の季節を知っており、山鳩、つばめ、つるも、自分の帰る時を守るのに、わたしの民は主の定めを知らない。
(Jer 8:8)
どうして、あなたがたは、『私たちは知恵ある者だ。私たちには主の律法がある。』と言えようか。確かにそうだが、書記たちの偽りの筆が、これを偽りにしてしまっている。
(Jer 8:9)
知恵ある者たちは恥を見、驚きあわてて、捕えられる。見よ。主のことばを退けたからには、彼らに何の知恵があろう。
(Jer 8:10)
それゆえ、わたしは彼らの妻を他人に与え、彼らの畑を侵略者に与える。なぜなら、身分の低い者から高い者まで、みな利得をむさぼり、預言者から祭司に至るまで、みな偽りを行なっているからだ。
(Jer 8:11)
彼らは、わたしの民の娘の傷を手軽にいやし、平安がないのに、『平安だ、平安だ。』と言っている。
(Jer 8:12)
彼らは忌みきらうべきことをして、恥を見ただろうか。彼らは少しも恥じず、恥じることも知らない。だから、彼らは、倒れる者の中に倒れ、彼らの刑罰の時、よろめき倒れる。」と主は仰せられる。
(Jer 8:13)
「わたしは彼らを、刈り入れたい。・・主の御告げ。・・しかし、ぶどうの木には、ぶどうがなく、いちじくの木には、いちじくがなく、葉はしおれている。わたしはそれをなるがままにする。」
(Jer 8:14)
どうして、私たちはすわっているのか。集まって、城壁のある町々に行き、そこで死のう。私たちの神、主が、私たちを滅ぼす。主が私たちに毒の水を飲ませられる。私たちが主に罪を犯したからだ。
(Jer 8:15)
平安を待ち望んでも、幸いはなく、癒しの時を待ち望んでも、見よ、恐怖しかない。
(Jer 8:16)
「ダンから馬の鼻息が聞こえる。その荒馬のいななきの声に、全地は震える。彼らは来て、地と、それに満ちるもの、町と、その住民を食らう。
(Jer 8:17)
見よ。わたしが、まじないのきかないコブラや、まむしを、あなたがたの中に送り、あなたがたをかませるからだ。・・主の御告げ。・・」
(Jer 8:18)
私の悲しみはいやされず、私の心は弱り果てている。
(Jer 8:19)
聞け。遠くの地からの私の民の娘の叫び声を。「主はシオンにおられないのか。シオンの王は、その中におられないのか。」「なぜ、彼らは自分たちの刻んだ像により、外国のむなしいものによって、わたしの怒りを引き起こしたのか。」
(Jer 8:20)
「刈り入れ時は過ぎ、夏も終わった。それなのに、私たちは救われない。」
(Jer 8:21)
私の民の娘の傷のために、私も傷つき、私は憂え、恐怖が、私を捕えた。
(Jer 8:22)
乳香はギルアデにないのか。医者はそこにいないのか。それなのに、なぜ、私の民の娘の傷はいやされなかったのか。
February 24, 2009
エレミヤ書7章
エルサレムの神殿を主の宮と呼んでいてもそこには真実がない。
イスラエルの民が、唯一の神を離れ、モラルが乱れ、弱者をかばうこともせず、天の女王と拝んでいる。そのような民は、もはや救われることがないと、主はエレミヤを通して語られる。
天の女王は、性愛の神と呼ばれる土着の神で、これがモラルの退廃をもたらしたのは明白だ。しかし、当時のイスラエルは、このエレミヤのことばを聞こうとはしなかった。
(Jer 7:1)
主からエレミヤにあったみことばは、こうである。
(Jer 7:2)
「主の家の門に立ち、そこでこのことばを叫んで言え。主を礼拝するために、この門にはいるすべてのユダの人々よ。主のことばを聞け。
(Jer 7:3)
イスラエルの神、万軍の主は、こう仰せられる。あなたがたの行ないと、わざとを改めよ。そうすれば、わたしは、あなたがたをこの所に住ませよう。
(Jer 7:4)
あなたがたは、『これは主の宮、主の宮、主の宮だ。』と言っている偽りのことばを信頼してはならない。
(Jer 7:5)
もし、ほんとうに、あなたがたが行ないとわざとを改め、あなたがたの間で公義を行ない、
(Jer 7:6)
在留異国人、みなしご、やもめをしいたげず、罪のない者の血をこの所で流さず、ほかの神々に従って自分の身にわざわいを招くようなことをしなければ、
(Jer 7:7)
わたしはこの所、わたしがあなたがたの先祖に与えたこの地に、とこしえからとこしえまで、あなたがたを住ませよう。
(Jer 7:8)
なんと、あなたがたは、役にも立たない偽りのことばにたよっている。
(Jer 7:9)
しかも、あなたがたは盗み、殺し、姦通し、偽って誓い、バアルのためにいけにえを焼き、あなたがたの知らなかったほかの神々に従っている。
(Jer 7:10)
それなのに、あなたがたは、わたしの名がつけられているこの家のわたしの前にやって来て立ち、『私たちは救われている。』と言う。それは、このようなすべての忌みきらうべきことをするためか。
(Jer 7:11)
わたしの名がつけられているこの家は、あなたがたの目には強盗の巣と見えたのか。そうだ。わたしにも、そう見えていた。・・主の御告げ。・・
(Jer 7:12)
それなら、さあ、シロにあったわたしの住まい、先にわたしの名を住ませた所へ行って、わたしの民イスラエルの悪のために、そこでわたしがしたことを見よ。
(Jer 7:13)
今、あなたがたは、これらの事をみな行なっている。・・主の御告げ。・・わたしがあなたがたに絶えず、しきりに語りかけたのに、あなたがたは聞こうともせず、わたしが呼んだのに、答えもしなかった。
(Jer 7:14)
それで、あなたがたの頼みとするこの家、わたしの名がつけられているこの家、また、わたしが、あなたがたと、あなたがたの先祖に与えたこの場所に、わたしはシロにしたのと同様なことを行なおう。
(Jer 7:15)
わたしは、かつて、あなたがたのすべての兄弟、エフライムのすべての子孫を追い払ったように、あなたがたを、わたしの前から追い払おう。
(Jer 7:16)
あなたは、この民のために祈ってはならない。彼らのために叫んだり、祈りをささげたりしてはならない。わたしにとりなしをしてはならない。わたしはあなたの願いを聞かないからだ。
(Jer 7:17)
彼らがユダの町々や、エルサレムのちまたで何をしているのか、あなたは見ていないのか。
(Jer 7:18)
子どもたちはたきぎを集め、父たちは火をたき、女たちは麦粉をこねて、『天の女王』のための供えのパン菓子を作り、わたしの怒りを引き起こすために、ほかの神々に注ぎのぶどう酒を注いでいる。
(Jer 7:19)
彼らはわたしの怒りを引き起こすのか。・・主の御告げ。・・自分たちを怒らせ、自分たちの赤恥をさらすためではないか。」
(Jer 7:20)
それで、神である主はこう仰せられる。「見よ。わたしの怒りと憤りは、この場所と、人間と、家畜と、畑の木と、地の産物とに注がれ、それは燃えて、消えることがない。」
(Jer 7:21)
イスラエルの神、万軍の主は、こう仰せられる。「あなたがたの全焼のいけにえに、ほかのいけにえを加えて、その肉を食べよ。
(Jer 7:22)
わたしは、あなたがたの先祖をエジプトの国から連れ出したとき、全焼のいけにえや、ほかのいけにえについては何も語らず、命じもしなかった。
(Jer 7:23)
ただ、次のことを彼らに命じて言った。『わたしの声に聞き従え。そうすれば、わたしは、あなたがたの神となり、あなたがたは、わたしの民となる。あなたがたをしあわせにするために、わたしが命じるすべての道を歩め。』
(Jer 7:24)
しかし、彼らは聞かず、耳を傾けず、悪いかたくなな心のはかりごとのままに歩み、前進するどころか後退した。
(Jer 7:25)
あなたがたの先祖がエジプトの国を出た日から今日まで、わたしはあなたがたに、わたしのしもべであるすべての預言者たちを、毎日朝早くから、たびたび送ったが、
(Jer 7:26)
彼らはわたしに聞かず、耳を傾けず、うなじのこわい者となって、先祖たちよりも悪くなった。
(Jer 7:27)
あなたが彼らにこれらのことをすべて語っても、彼らはあなたに聞かず、彼らを呼んでも、彼らはあなたに答えまい。
(Jer 7:28)
そこであなたは彼らに言え。この民は、自分の神、主の声を聞かず、懲らしめを受けなかった民だ。真実は消えうせ、彼らの口から断たれた。
(Jer 7:29)
『あなたの長い髪を切り捨て、裸の丘の上で哀歌を唱えよ。主は、この世代の者を、激しく怒って、退け、捨てたからだ。』
(Jer 7:30)
それは、ユダの子らが、わたしの目の前に悪を行なったからだ。・・主の御告げ。・・彼らは、わたしの名がつけられているこの家に自分たちの忌むべき物を置いて、これを汚した。
(Jer 7:31)
また自分の息子、娘を火で焼くために、ベン・ヒノムの谷にあるトフェテに高き所を築いたが、これは、わたしが命じたこともなく、思いつきもしなかったことだ。
(Jer 7:32)
それゆえ、見よ、その日が来る。・・主の御告げ。・・その日には、もはや、そこはトフェテとかベン・ヒノムの谷と呼ばれない。ただ虐殺の谷と呼ばれる。人々はトフェテに、余地がないほどに葬る。
(Jer 7:33)
この民のしかばねは、空の鳥、地の獣のえじきとなるが、これを追い払う者もない。
(Jer 7:34)
わたしは、ユダの町々とエルサレムのちまたから、楽しみの声と喜びの声、花婿の声と花嫁の声を絶やす。この国は廃墟となるからである。
February 23, 2009
エレミヤ書6章
エルサレムの偽預言者は、偽りの預言をする。平和がないのに平和を宣言する。
エルサレム内部の不正が、その破壊をもたらしている。
神の叫びは、「エルサレムよ、戒めを受けよ」というものである。
偽善のエルサレムはやがて滅びを受けることになるのだが、それには理由があったのだ。
私たちの悔い改めが必要である。表面的なエルサレムは偽善で満ちていた。
私たちも悔い改めなければ、あらゆる種類の滅びに直面するのだ。
(Jer 6:1)
ベニヤミンの子らよ。エルサレムの中からのがれよ。テコアで角笛を吹き、ベテ・ハケレムでのろしを上げよ。わざわいと大いなる破滅が、北から見おろしているからだ。
(Jer 6:2)
私は、シオンの娘を、麗しい牧場になぞらえる。
(Jer 6:3)
羊飼いは自分の群れを連れて、そこに行き、その回りに天幕を張り、その群れはおのおの、自分の草を食べる。
(Jer 6:4)
「シオンに向かって聖戦をふれよ。立て。われわれは真昼に上ろう。」「ああ、残念だ。日が傾いた。夕べの影も伸びる。」
(Jer 6:5)
「立て。われわれは夜の間に上って、その宮殿を滅ぼそう。」
(Jer 6:6)
まことに万軍の主はこう仰せられる。「木を切って、エルサレムに対して塁を築け。これは罰せられる町。その中には、しいたげだけがある。
(Jer 6:7)
井戸が水をわき出させるように、エルサレムは自分の悪をわき出させた。暴虐と暴行が、その中で聞こえる。わたしの前には、いつも病と打ち傷がある。
(Jer 6:8)
エルサレムよ。戒めを受けよ。さもないと、わたしの心はおまえから離れ、おまえを住む人もない荒れ果てた地とする。」
(Jer 6:9)
万軍の主はこう仰せられる。「ぶどうの残りを摘むように、イスラエルの残りの者をすっかり摘み取れ。ぶどうを収穫する者のように、あなたの手をもう一度、その枝に伸ばせ。」
(Jer 6:10)
私はだれに語りかけ、だれをさとして、聞かせようか。見よ。彼らの耳は閉じたままで、聞くこともできない。見よ。主のことばは、彼らにとって、そしりとなる。彼らはそれを喜ばない。
(Jer 6:11)
私の身には主の憤りが満ち、これに耐えるのに、私は疲れ果てた。「それを、道ばたにいる子どもの上にも、若い男の集まりの上にも、ぶちまけよ。夫も妻も、ともどもに、年寄りも齢の満ちた者も共に捕えられ、
(Jer 6:12)
彼らの家は、畑や妻もろともに、他人のものとなる。それは、わたしがこの国の住民に手を伸ばすからだ。・・主の御告げ。・・
(Jer 6:13)
なぜなら、身分の低い者から高い者まで、みな利得をむさぼり、預言者から祭司に至るまで、みな偽りを行なっているからだ。
(Jer 6:14)
彼らは、わたしの民の傷を手軽にいやし、平安がないのに、『平安だ、平安だ。』と言っている。
(Jer 6:15)
彼らは忌みきらうべきことをして、恥を見ただろうか。彼らは少しも恥じず、恥じることも知らない。だから、彼らは、倒れる者の中に倒れ、わたしが彼らを罰する時に、よろめき倒れる。」と主は仰せられる。
(Jer 6:16)
主はこう仰せられる。「四つ辻に立って見渡し、昔からの通り道、幸いの道はどこにあるかを尋ね、それを歩んで、あなたがたのいこいを見いだせ。しかし、彼らは『そこを歩まない。』と言った。
(Jer 6:17)
また、わたしは、あなたがたの上に見張り人をたて、『角笛の音に注意せよ。』と言わせたのに、彼らは『注意しない。』と言った。
(Jer 6:18)
それゆえ、諸国の民よ。聞け。会衆よ。知れ。彼らに何が起こるかを。
(Jer 6:19)
この国よ。聞け。見よ。わたしはこの民にわざわいをもたらす。これは彼らのたくらみの実。彼らが、わたしのことばに注意せず、わたしの律法を退けたからだ。
(Jer 6:20)
いったい、何のため、シェバから乳香や、遠い国からかおりの良い菖蒲がわたしのところに来るのか。あなたがたの全焼のいけにえは受け入れられず、あなたがたのいけにえはわたしを喜ばせない。」
(Jer 6:21)
それゆえ、主はこう仰せられる。「見よ。わたしはこの民につまずきを与える。父も子も共にこれにつまずき、隣人も友人も滅びる。」
(Jer 6:22)
主はこう仰せられる。「見よ。一つの民が北の地から来る。大きな国が地の果てから奮い立つ。
(Jer 6:23)
彼らは弓と投げ槍を堅く握り、残忍で、あわれみがない。その声は海のようにとどろく。シオンの娘よ。彼らは馬にまたがり、ひとりのように陣備えをして、あなたを攻める。」
(Jer 6:24)
私たちは、そのうわさを聞いて、気力を失い、産婦のような苦しみと苦痛が私たちを捕えた。
(Jer 6:25)
畑に出るな。道を歩くな。敵の剣がそこにあり、恐れが回りにあるからだ。
(Jer 6:26)
私の民の娘よ。荒布を身にまとい、灰の中をころび回れ。ひとり子のために苦しみ嘆いて、喪に服せ。たちまち、荒らす者が私たちに襲いかかるからだ。
(Jer 6:27)
「わたしはあなたを、わたしの民の中で、ためす者とし、試みる者とした。彼らの行ないを知り、これをためせ。」
(Jer 6:28)
彼らはみな、かたくなな反逆者、中傷して歩き回り、青銅や鉄のようだ。彼らはみな、堕落した者たちだ。
(Jer 6:29)
ふいごで激しく吹いて、鉛を火で溶かす。鉛は溶けた。溶けたが、むだだった。悪いものは除かれなかった。
(Jer 6:30)
彼らは廃物の銀と呼ばれている。主が彼らを退けたからだ。
February 21, 2009
エレミヤ書5章
エルサレムが偽善になっていることを、預言者は語っている。
宗教的であるなら、外面的には主を礼拝しているように見える。ほとんどの人は、宗教の小物、道具でだまされている。袈裟が派手なら、信仰深いのか?
本物の信仰を神は求めているのだ。
(Jer 5:11)イスラエルの家とユダの家とは、大いにわたしを裏切ったからだ。・・主の御告げ。・・
大いに裏切るとはどういうことだろうか?
一度神の恵み知っていたにも関わらず、当時のエルサレムは背信に満ちていた。これを現代に当てはめるならどういうことになるのだろうか。
いずれにせよ、神は人の外面ではなく、心のうちをご覧になる。
まことの信仰しか、神を喜ばせることができないのです。
(Jer 5:24)彼らは心の中でも、こう言わなかった。『さあ、私たちの神、主を恐れよう。主は大雨を、先の雨と後の雨を、季節にしたがって与え、刈り入れのために定められた数週を私たちのために守ってくださる。』と。
この祈りをしなかった、エルサレムは、バビロンによって崩壊される。主を恐れることを忘れるということは、自分で何でもできるという傲慢さを悔い改めなかったからである。
現代文明はなぜ最終的に滅びるのか?同じ原則によるのである。
(Jer 5:1)エルサレムのちまたを行き巡り、さあ、見て知るがよい。その広場で捜して、だれか公義を行ない、真実を求める者を見つけたら、わたしはエルサレムを赦そう。
(Jer 5:2)たとい彼らが、「主は生きておられる。」と言っても、実は、彼らは偽って誓っているのだ。
(Jer 5:3)主よ。あなたの目は、真実に向けられていないのでしょうか。あなたが彼らを打たれたのに、彼らは痛みもしませんでした。彼らを絶ち滅ぼそうとされたのに、彼らは懲らしめを受けようともしませんでした。彼らは顔を岩よりも堅くし、悔い改めようともしませんでした。
(Jer 5:4)そこで、私は思いました。「彼らは、実に卑しい愚か者だ。主の道も、神のさばきも知りもしない。
(Jer 5:5)だから、身分の高い者たちのところへ行って、彼らと語ろう。彼らなら、主の道も、神のさばきも知っているから。」ところが、彼らもみな、くびきを砕き、なわめを断ち切っていました。
(Jer 5:6)それゆえ、森の獅子が彼らを殺し、荒れた地の狼が彼らを荒らす。ひょうが彼らの町々をうかがう。町から出る者をみな、引き裂こう。彼らが多くの罪を犯し、その背信がはなはだしかったからだ。
(Jer 5:7)これでは、どうして、わたしがあなたを赦せよう。あなたの子らはわたしを捨て、神でないものによって誓っていた。わたしが彼らを満ち足らせたときも、彼らは姦通をし、遊女の家で身を傷つけた。
(Jer 5:8)彼らは、肥え太ってさかりのついた馬のように、おのおの隣の妻を慕っていななく。
(Jer 5:9)これらに対して、わたしが罰しないだろうか。・・主の御告げ。・・このような国に、わたしが復讐しないだろうか。
(Jer 5:10)ぶどう畑の石垣に上って滅ぼせ。しかし、ことごとく滅ぼしてはならない。そのつるを除け。それらは主のものではないからだ。
(Jer 5:11)イスラエルの家とユダの家とは、大いにわたしを裏切ったからだ。・・主の御告げ。・・
(Jer 5:12)彼らは主を否んでこう言った。「主が何だ。わざわいは私たちを襲わない。剣もききんも、私たちは、見はしない。
(Jer 5:13)預言者たちは風になり、みことばは彼らのうちにない。彼らはこのようになる。」
(Jer 5:14)それゆえ、万軍の神、主は、こう仰せられる。「あなたがたが、このようなことを言ったので、見よ、わたしは、あなたの口にあるわたしのことばを火とし、この民をたきぎとする。火は彼らを焼き尽くす。
(Jer 5:15)イスラエルの家よ。見よ。わたしはあなたがたを攻めに、遠くの地から一つの国民を連れて来る。・・主の御告げ。・・それは古くからある国、昔からある国、そのことばをあなたは知らず、何を話しているのか聞き取れない国。
(Jer 5:16)その矢筒は開いた墓のようだ。彼らはみなつわもの。
(Jer 5:17)彼らはあなたの刈り入れたものとあなたのパンを食らい、あなたの息子、娘を食らい、あなたの羊の群れと牛の群れを食らい、あなたのぶどうと、いちじくを食らい、あなたの拠り頼む城壁のある町々を、剣で打ち破る。
(Jer 5:18)しかし、その日にも、・・主の御告げ。・・わたしはあなたがたを、ことごとくは滅ぼさない。」
(Jer 5:19)「あなたがたが、『何のために、私たちの神、主は、これらすべての事を私たちにしたのか。』と尋ねるときは、あなたは彼らにこう言え。『あなたがたが、わたしを捨て、あなたがたの国内で、外国の神々に仕えたように、あなたがたの国ではない地で、他国人に仕えるようになる。』
(Jer 5:20)ヤコブの家にこう告げ、ユダに言い聞かせよ。
(Jer 5:21)さあ、これを聞け。愚かで思慮のない民よ。彼らは、目があっても見えず、耳があっても聞こえない。
(Jer 5:22)あなたがたは、わたしを恐れないのか。・・主の御告げ。・・それとも、わたしの前でおののかないのか。わたしは砂を、海の境とした。越えられない永遠の境界として。波が逆巻いても勝てず、鳴りとどろいても越えられない。
(Jer 5:23)ところが、この民には、かたくなで、逆らう心があり、彼らは、そむいて去って行った。
(Jer 5:24)彼らは心の中でも、こう言わなかった。『さあ、私たちの神、主を恐れよう。主は大雨を、先の雨と後の雨を、季節にしたがって与え、刈り入れのために定められた数週を私たちのために守ってくださる。』と。
(Jer 5:25)あなたがたの咎が、これを追い払い、あなたがたの罪が、この良い物を拒んだのだ。
(Jer 5:26)それは、わたしの民のうちに、悪者たちがいるからだ。彼らは、待ち伏せして鳥を取る者のように、わなをしかけて人々を捕える。
(Jer 5:27)鳥でいっぱいの鳥かごのように、彼らの家は欺きでいっぱいだ。だから、彼らは偉い者となって富む。
(Jer 5:28)彼らは、肥えて、つややかになり、悪事に進み、さばきについては、みなしごのためにさばいて幸いを見させず、貧しい者たちの権利を弁護しない。
(Jer 5:29)これらに対して、わたしが罰しないだろうか。・・主の御告げ。・・このような国に、わたしが復讐しないだろうか。
(Jer 5:30)恐怖と、戦慄が、この国のうちにある。
(Jer 5:31)預言者は偽りの預言をし、祭司は自分かってに治め、わたしの民はそれを愛している。その末には、あなたがたは、どうするつもりだ。」
February 20, 2009
エレミヤ書4章
5節以降は、北からの敵の侵入を預言している。しかし、民は22節にあるように、真の警告を聞こうとはしないのだ。
エレミヤは、神によってエルサレムの荒廃を見せられた。その衝撃と苦しみはいかに大きいことだったろうか。預言者とは、そのように不信仰の結末を知るが故に、人々に警告を発するのだ。
この章の預言は、バビロン捕囚だけに留まらず、主イエスの再臨直前の終末の様相も語っているといえるだろう。だから、今日の私たちは、心してこの章を読まなければならないのだ。
教会からのメッセージは、エレミヤ的であるべきだ。警告を発し、悔い改めるなら、リバイバルがある。
(Jer 4:1)「イスラエルよ。もし帰るのなら、・・主の御告げ。・・わたしのところに帰って来い。もし、あなたが忌むべき物をわたしの前から除くなら、あなたは迷うことはない。
(Jer 4:2)あなたが真実と公義と正義とによって『主は生きておられる。』と誓うなら、国々は主によって互いに祝福し合い、主によって誇り合う。」
(Jer 4:3)まことに主は、ユダの人とエルサレムとに、こう仰せられる。「耕地を開拓せよ。いばらの中に種を蒔くな。
(Jer 4:4)ユダの人とエルサレムの住民よ。主のために割礼を受け、心の包皮を取り除け。さもないと、あなたがたの悪い行ないのため、わたしの憤りが火のように出て燃え上がり、消す者もいないだろう。」
(Jer 4:5)「ユダに告げ、エルサレムに聞かせて言え。国中に角笛を吹け。大声で叫んで言え。『集まれ。城壁のある町に行こう。』
(Jer 4:6)シオンのほうに旗を掲げよ。のがれよ。立ち止まるな。わたしがわざわいを北からもたらし、大いなる破滅をもたらすから。
(Jer 4:7)獅子はその茂みから上って来、国々を滅ぼす者は彼らの国から進み出た。あなたの国を荒れ果てさせるために。あなたの町々は滅び、住む者もいなくなろう。」
(Jer 4:8)そのために荒布をまとい、悲しみ嘆け。主の燃える怒りが、私たちから去らないからだ。
(Jer 4:9)「その日には、・・主の御告げ。・・王の心、つかさたちの心は、ついえ去り、祭司はおののき、預言者は驚く。」
(Jer 4:10)そこで、私は言った。「ああ、神、主よ。まことに、あなたはこの民とエルサレムを全く欺かれました。・・『あなたがたには平和が来る。』と仰せられて。それなのに、剣が私ののどに触れています。」
(Jer 4:11)その時、この民とエルサレムにこう告げられる。荒野にある裸の丘の熱風が、わたしの民の娘のほうに吹いて来る。・・吹き分けるためでもなく、清めるためでもない。
(Jer 4:12)これよりも、もっと激しい風が、わたしのために吹いて来る。今、わたしは彼らにさばきを下そう。
(Jer 4:13)見よ。それは雲のように上って来る。その戦車はつむじ風のよう、その馬は鷲よりも速い。ああ。私たちは荒らされる。
(Jer 4:14)エルサレムよ。救われるために、心を洗って悪を除け。いつまで、あなたの中には邪念が宿っているのか。
(Jer 4:15)ああ、ダンから告げる声がある。エフライムの山からわざわいを告げ知らせている。
(Jer 4:16)国々に知らせよ。さあ、エルサレムに告げ知らせよ。包囲する者たちが遠くの地から来て、ユダの町々に叫び声をあげる。
(Jer 4:17)彼らは畑の番人のように、ユダを取り囲む。それは、ユダがわたしに逆らったからだ。・・主の御告げ。・・
(Jer 4:18)あなたの行ないと、あなたのわざが、あなたの身にこれを招いたのだ。これがあなたへのわざわいで、実に苦い。もう、あなたの心臓にまで達している。
(Jer 4:19)私のはらわた、私のはらわた。私は痛み苦しむ。私の心臓の壁よ。私の心は高鳴り、私はもう、黙っていられない。私のたましいよ。おまえが角笛の音と、戦いの雄たけびを聞くからだ。
(Jer 4:20)破滅に次ぐ破滅が知らされる。全国が荒らされるからだ。たちまち、私の天幕も荒らされ、私の幕屋も倒される。
(Jer 4:21)いつまで私は、旗を見、角笛の音を聞かなければならないのだ。
(Jer 4:22)実に、わたしの民は愚か者で、わたしを知らない。彼らは、ばかな子らで、彼らは悟りがない。彼らは悪事を働くのに賢くて、善を行なうことを知らない。
(Jer 4:23)私が地を見ると、見よ、形もなく、何もなく、天を見ても、そこには光もない。
(Jer 4:24)山々を見ると、見よ、揺れ動き、すべての丘は震えていた。
(Jer 4:25)私が見ると、見よ、人間はひとりもいない。空の鳥もみな飛び去った。
(Jer 4:26)私が見ると、見よ、果樹園は荒野となり、町々は主によって、主の燃える怒りによって、取りこわされていた。
(Jer 4:27)まことに主はこう仰せられる。「全地は荒れ果てる。しかし、わたしはことごとくは滅ぼさない。
(Jer 4:28)このために、地は嘆き悲しみ、上の天も暗くなる。わたしが語り、わたしが企てたからだ。わたしは悔いず、取りやめもしない。」
(Jer 4:29)騎兵と射手の叫びに、町中の人が逃げ去った。彼らは草むらにはいり、岩によじのぼった。すべての町が捨てられ、そこに住む人もない。
(Jer 4:30)踏みにじられた女よ。あなたが緋の衣をまとい、金の飾りで身を飾りたてても、それが何の役に立とう。目を塗って大きく見せても、美しく見せても、かいがない。恋人たちは、あなたをうとみ、あなたのいのちを取ろうとしている。
(Jer 4:31)まことに、わたしは、産みの苦しみをする女のような声、初子を産む女のようなうめき、シオンの娘の声を聞いた。彼女はあえぎ、手を伸べて言う。「ああ。私は殺す者たちのために疲れ果てた。」
February 19, 2009
エレミヤ書3章
しかし神は、背信のイスラエルに対する愛は変わることがないことがわかる。一方、この事実を知っていながら、裏切るユダの罪は大きい。
歴史的に、神に裁かれた、北イスラエルを教訓とすることのない、ユダの人々への厳しい神の悔い改めの迫りは、私たち、クリスチャンへの神の言葉でもあるのだ。
もし、このことを私たちの教訓とするなら、後の雨が降る、すなわち、聖霊の豊かな雨が降ることになる。だから、悔い改めから、リバイバルが始まるのだ。
この章には、終末時代のエルサレムの回復にも言及している。イスラエルとユダが再び、一つに結集するときが来る。(18節)これは、新約聖書的に解釈すれば、イエスキリストの再臨のときに成就する、千年紀、あるいは新しい世界の描写であろう。
この世界はこれから、この預言の成就を見るのである。
Jer 3:1-25
(1) もし、人が自分の妻を去らせ、彼女が彼のもとを去って、ほかの男のものになれば、この人は再び先の妻のもとに戻れるだろうか。この国も大いに汚れていないだろうか。あなたは、多くの愛人と淫行を行なって、しかも、わたしのところに帰ると言っている。・・主の御告げ。・・(2) 目を上げて裸の丘を見よ。どこに、あなたが共寝をしなかった所があろう。荒野のアラビヤ人がするように、道ばたで相手を待ってすわり込み、あなたの淫行と悪行によって、この地を汚した。(3) それで夕立はとどめられ、後の雨はなかった。それでも、あなたは遊女の額をしていて、恥じようともしない。(4) 今でも、わたしに、こう呼びかけているではないか。『父よ。あなたは私の若いころの連れ合いです。(5) いつまでも怒られるのですか。永久に怒り続けるのですか。』と。なんと、あなたはこう言っていても、できるだけ多くの悪を行なっている。」(6) ヨシヤ王の時代に、主は私に仰せられた。「あなたは、背信の女イスラエルが行なったことを見たか。彼女はすべての高い山の上、すべての茂った木の下に行って、そこで淫行を行なった。(7) わたしは、彼女がすべてこれらのことをしたあとで、わたしに帰って来るだろうと思ったのに、帰らなかった。また裏切る女、妹のユダもこれを見た。(8) 背信の女イスラエルは、姦通したというその理由で、わたしが離婚状を渡してこれを追い出したのに、裏切る女、妹のユダは恐れもせず、自分も行って、淫行を行なったのをわたしは見た。(9) 彼女は、自分の淫行を軽く見て、国を汚し、石や木と姦通した。(10) このようなことをしながら、裏切る女、妹のユダは、心を尽くしてわたしに帰らず、ただ偽っていたにすぎなかった。・・主の御告げ。・・」(11) 主はまた、私に仰せられた。「背信の女イスラエルは、裏切る女ユダよりも正しかった。(12) 行って、次のことばを北のほうに呼ばわって言え。背信の女イスラエル。帰れ。・・主の御告げ。・・わたしはあなたがたをしからない。わたしは恵み深いから。・・主の御告げ。・・わたしは、いつまでも怒ってはいない。(13) ただ、あなたは自分の咎を知れ。あなたは自分の神、主にそむいて、すべての茂った木の下で、他国の男とかってなまねをし、わたしの声を聞き入れなかった。・・主の御告げ。・・(14) 背信の子らよ。帰れ。・・主の御告げ。・・わたしが、あなたがたの夫になるからだ。わたしはあなたがたを、町からひとり、氏族からふたり選び取り、シオンに連れて行こう。(15) また、あなたがたに、わたしの心にかなった牧者たちを与える。彼らは知識と分別をもってあなたがたを育てよう。(16) その日、あなたがたが国中にふえて多くなるとき、・・主の御告げ。・・彼らはもう、主の契約の箱について何も言わず、心にも留めず、思い出しもせず、調べもせず、再び作ろうともしない。(17) そのとき、エルサレムは『主の御座』と呼ばれ、万国の民はこの御座、主の名のあるエルサレムに集められ、二度と彼らは悪いかたくなな心のままに歩むことはない。(18) その日、ユダの家はイスラエルの家といっしょになり、彼らはともどもに、北の国から、わたしが彼らの先祖に継がせた国に帰って来る。」(19) 「わたしはどのようにして、あなたを息子たちの中に入れ、あなたに、慕わしい地、諸国のうちで最も麗しいゆずりの地を授けようかと思っていた。また、わたしは、あなたがわたしを父と呼び、わたしに従って、もう離れまい、と思っていた。(20) ところが、なんと、妻が夫を裏切るように、あなたがたはわたしを裏切った。イスラエルの家よ。・・主の御告げ。・・(21) 一つの声が裸の丘の上で聞こえる。イスラエルの子らの哀願の泣き声だ。彼らは自分たちの道を曲げ、自分たちの神、主を忘れたからだ。(22) 背信の子らよ。帰れ。わたしがあなたがたの背信をいやそう。」「今、私たちはあなたのもとにまいります。あなたこそ、私たちの神、主だからです。(23) 確かに、もろもろの丘も、山の騒ぎも、偽りでした。確かに、私たちの神、主に、イスラエルの救いがあります。(24) しかし、私たちの若いころから、バアルが、私たちの先祖の勤労の実、彼らの羊の群れ、牛の群れ、息子、娘たちを食い尽くしました。(25) 私たちは恥の中に伏し、侮辱が私たちのおおいとなっています。私たちの神、主に対し、私たちも先祖たちも、私たちの若いころから今日まで罪を犯して、私たちの神、主の御声に聞き従わなかったからです。」
February 18, 2009
エレミヤ書2章
極めて厳しい言葉が連なっている。このとき、イスラエル北王国は、すでにアッシリアの捕囚となっている。そして、これから、南王国も危機に直面しようとしている。
しかし、残されているイスラエルの民は、まだ悔い改めようとしていない。神が神であるという、基本的な信仰すら守られていない、信仰の破綻がここで描かれている。
神は、エジプトの奴隷生活から、荒野の40年を経て、カナンという約束の地に入ったにも関わらず、あらゆる面での堕落があったということだ。
(Jer 2:8)
祭司たちは、『主はどこにおられるのか。』と言わず、律法を取り扱う者たちも、わたしを知らず、牧者たちもわたしにそむき、預言者たちはバアルによって預言して、無益なものに従って行った。
これは、現在のアメリカのような、クリスチャン国にも適応できるし、すでにクリスチャンになった人々にも適応できる。アメリカでは、同性愛がすでに社会的権利を得ようとしているし、教会もそれを是認しはじめている。神の恵みをこれほど知っていながら、まことの神に感謝し、従うところから離れている。
(Jer 2:31)
あなたがた、この時代の人々よ。主のことばに心せよ。
ここで言われているように、私たちは、神のことばのみに、帰ってゆくべきである。あらゆる、心理学や、異教の影響から脱して、本来の召しに立ち返らなければならない。
21世紀の時代背景は、このヨシア王の時代のイスラエルにそっくりであるともいえる。
(Jer 2:1)
ついで、私に次のような主のことばがあった。
(Jer 2:2)
「さあ、行って、主はこう仰せられると言って、エルサレムの人々の耳に呼ばわれ。わたしは、あなたの若かったころの誠実、婚約時代の愛、荒野の種も蒔かれていない地でのわたしへの従順を覚えている。
(Jer 2:3)
イスラエルは主の聖なるもの、その収穫の初穂であった。これを食らう者はだれでも罪に定められ、わざわいをこうむったものだ。・・主の御告げ。・・」
(Jer 2:4)
ヤコブの家と、イスラエルの家のすべてのやからよ。主のことばを聞け。
(Jer 2:5)
主はこう仰せられる。「あなたがたの先祖は、わたしにどんな不正を見つけて、わたしから遠く離れ、むなしいものに従って行って、むなしいものとなったのか。
(Jer 2:6)
彼らは尋ねもしなかった。『主はどこにおられるのか。私たちをエジプトの国から上らせた方、私たちに、荒野の荒れた穴だらけの地、砂漠の死の陰の地、人も通らず、だれも住まない地を行かせた方は。』と。
(Jer 2:7)
しかし、わたしはあなたがたを、実り豊かな地に連れてはいり、その良い実を食べさせた。ところが、あなたがたは、はいって来て、わたしの国を汚し、わたしのゆずりの地を忌みきらうべきものにした。
(Jer 2:8)
祭司たちは、『主はどこにおられるのか。』と言わず、律法を取り扱う者たちも、わたしを知らず、牧者たちもわたしにそむき、預言者たちはバアルによって預言して、無益なものに従って行った。
(Jer 2:9)
そのため、わたしはなお、あなたがたと争う。・・主の御告げ。・・また、あなたがたの子孫と争う。
(Jer 2:10)
キティムの島々に渡ってよく見よ。ケダルに人を遣わして調べてみよ。このようなことがあったかどうか、よく見よ。
(Jer 2:11)
かつて、神々を神々でないものに、取り替えた国民があっただろうか。ところが、わたしの民は、その栄光を無益なものに取り替えた。
(Jer 2:12)
天よ。このことに色を失え。おぞ気立て。干上がれ。・・主の御告げ。・・
(Jer 2:13)
わたしの民は二つの悪を行なった。湧き水の泉であるわたしを捨てて、多くの水ためを、水をためることのできない、こわれた水ためを、自分たちのために掘ったのだ。
(Jer 2:14)
イスラエルは奴隷なのか。それとも家に生まれたしもべなのか。なぜ、獲物にされたのか。
(Jer 2:15)
若獅子は、これに向かってほえたけり、叫び声をあげて、その地を荒れ果てさせ、その町々は焼かれて住む者もいなくなる。
(Jer 2:16)
ノフとタフパヌヘスの子らも、あなたの頭の頂をそりあげる。
(Jer 2:17)
あなたの神、主が、あなたを道に進ませたとき、あなたは主を捨てたので、このことがあなたに起こるのではないか。
(Jer 2:18)
今、ナイル川の水を飲みにエジプトの道に向かうとは、いったいどうしたことか。ユーフラテス川の水を飲みにアッシリヤの道に向かうとは、いったいどうしたことか。
(Jer 2:19)
あなたの悪が、あなたを懲らし、あなたの背信が、あなたを責める。だから、知り、見きわめよ。あなたが、あなたの神、主を捨てて、わたしを恐れないのは、どんなに悪く、苦々しいことかを。・・万軍の神、主の御告げ。・・
(Jer 2:20)
実に、あなたは昔から自分のくびきを砕き、自分のなわめを断ち切って、『私は逃げ出さない。』と言いながら、すべての高い丘の上や、すべての青々とした木の下で、寝そべって淫行を行なっている。
(Jer 2:21)
わたしは、あなたをことごとく純良種の良いぶどうとして植えたのに、どうしてあなたは、わたしにとって、質の悪い雑種のぶどうに変わったのか。
(Jer 2:22)
たとい、あなたがソーダで身を洗い、たくさんの灰汁を使っても、あなたの咎は、わたしの前では汚れている。・・神である主の御告げ。・・
(Jer 2:23)
どうしてあなたは、『私は汚れていない。バアルたちには従わなかった。』と言えようか。谷の中でのあなたの道を省み、何をしたかを知れ。あなたは、道をあちこち走り回るすばやい雌のらくだ、
(Jer 2:24)
また、荒野に慣れた野ろばだ。欲情に息はあえぐ。そのさかりのとき、だれがこれを静めえようか。これを捜す者は苦労しない。その発情期に、これを見つけることができる。
(Jer 2:25)
はだしにならないよう、のどが渇かないようにせよ。しかし、あなたは言う。『あきらめられません。私は他国の男たちが好きです。それについて行きたいのです。』と。
(Jer 2:26)
盗人が、見つけられたときに、はずかしめられるように、イスラエルの家もはずかしめられる。彼らの王たち、首長たち、祭司たち、預言者たちがそうである。
(Jer 2:27)
彼らは木に向かっては、『あなたは私の父。』、石に向かっては、『あなたは私を生んだ。』と言っている。実に、彼らはわたしに背を向けて、顔を向けなかった。それなのに、わざわいのときには、『立って、私たちを救ってください。』と言う。
(Jer 2:28)
では、あなたが造った神々はどこにいるのか。あなたのわざわいのときには、彼らが立って救えばよい。ユダよ。あなたの神々は、あなたの町の数ほどもいるからだ。
(Jer 2:29)
なぜ、あなたがたは、わたしと争うのか。あなたがたはみな、わたしにそむいている。・・主の御告げ。・・
(Jer 2:30)
わたしはあなたがたの子らを打ったが、むだだった。その懲らしめは役に立たなかった。あなたがたの剣は、食い滅ぼす獅子のように、あなたがたの預言者たちを食い尽くした。
(Jer 2:31)
あなたがた、この時代の人々よ。主のことばに心せよ。わたしはイスラエルにとって、荒野であったのか。あるいは暗黒の地であったのか。どうしてわたしの民は、『私たちはさまよい出て、もうあなたのところには帰りません。』と言うのか。
(Jer 2:32)
おとめが自分の飾り物を忘れ、花嫁が自分の飾り帯を忘れるだろうか。それなのに、わたしの民がわたしを忘れた日数は数えきれない。
(Jer 2:33)
あなたが愛を求める方法は、なんと巧みなことか。それであなたは、悪い女にも、自分の方法を巧みに教えたのだ。
(Jer 2:34)
あなたのすそには、罪のない貧しい人たちの、いのちの血が見える。彼らの押し入るのを、あなたが見つけたわけでもないのに。しかも、これらのことがあるにもかかわらず、
(Jer 2:35)
あなたは『私には罪がない。確かに、御怒りは私から去った。』と言っている。『私は罪を犯さなかった。』と言うから、今、わたしはあなたをさばく。
(Jer 2:36)
なんと、簡単に自分の道を変えることか。あなたはアッシリヤによってはずかしめられたと同様に、エジプトによってもはずかしめられる。
(Jer 2:37)
そこからもあなたは、両手を頭にのせて出て来よう。主があなたの拠り頼む者を退けるので、あなたは彼らによって栄えることは決してない。
February 17, 2009
エレミヤ書1章
エレミヤは、母の胎内でつくる前から、召されていると言われた。若いエレミヤはその召しを恐れるが、神の彼に対する計画は揺るがない。預言者の人生とは、人の顔色を伺うものではない。人気者になる道ではない。ただ、主の言葉を伝達するのみである。
エレミヤが見たのは、アーモンドの枝であった。アーモンドは、1月ごろ花を咲かせる、春の到来を告げる木である。アーモンドは、イスラエルにとっての新しい時代の到来を知らせる。しかし、この場合は、北からの災いのメッセージである。
イスラエルに対して、そして、エルサレムの悔い改めを迫るのが、彼の生涯のメッセージとなった。預言者は人の顔を見てはならない。預言者は人からの評価で動くものではない。預言者は、死をも覚悟した人生を、主のみに捧げることが必要である。そして、真理の帯を腰に巻く必要がある。
わたしたちも、現代、同じような状況にあることを知る必要があるだろう。今の世界で、悔い改めることは、極めて重要なことである。悔い改めるとき、神は救い出すのである。(19節)
Jer 1:1-19
(1) ベニヤミンの地アナトテにいた祭司のひとり、ヒルキヤの子エレミヤのことば。
(2) アモンの子、ユダの王ヨシヤの時代、その治世の第十三年に、エレミヤに主のことばがあった。
(3) それはさらに、ヨシヤの子、ユダの王エホヤキムの時代にもあり、ヨシヤの子、ユダの王ゼデキヤの第十一年の終わりまで、すなわち、その年の第五の月、エルサレムの民の捕囚の時まであった。
(4) 次のような主のことばが私にあった。
(5) 「わたしは、あなたを胎内に形造る前から、あなたを知り、あなたが腹から出る前から、あなたを聖別し、あなたを国々への預言者と定めていた。」
(6) そこで、私は言った。「ああ、神、主よ。ご覧のとおり、私はまだ若くて、どう語っていいかわかりません。」
(7) すると、主は私に仰せられた。「まだ若い、と言うな。わたしがあなたを遣わすどんな所へでも行き、わたしがあなたに命じるすべての事を語れ。
(8) 彼らの顔を恐れるな。わたしはあなたとともにいて、あなたを救い出すからだ。・・主の御告げ。・・」
(9) そのとき、主は御手を伸ばして、私の口に触れ、主は私に仰せられた。「今、わたしのことばをあなたの口に授けた。
(10) 見よ。わたしは、きょう、あなたを諸国の民と王国の上に任命し、あるいは引き抜き、あるいは引き倒し、あるいは滅ぼし、あるいはこわし、あるいは建て、また植えさせる。」
(11) 次のような主のことばが私にあった。「エレミヤ。あなたは何を見ているのか。」そこで私は言った。「アーモンドの枝を見ています。」
(12) すると主は私に仰せられた。「よく見たものだ。わたしのことばを実現しようと、わたしは見張っているからだ。」
(13) 再び、私に次のような主のことばがあった。「何を見ているのか。」そこで私は言った。「煮え立っているかまを見ています。それは北のほうからこちらに傾いています。」
(14) すると主は私に仰せられた。「わざわいが、北からこの地の全住民の上に、降りかかる。
(15) 今、わたしは北のすべての王国の民に呼びかけているからだ。・・主の御告げ。・・彼らは来て、エルサレムの門の入口と、周囲のすべての城壁と、ユダのすべての町に向かって、それぞれの王座を設ける。
(16) しかし、わたしは、彼らのすべての悪にさばきを下す。彼らはわたしを捨てて、ほかの神々にいけにえをささげ、自分の手で造った物を拝んだからだ。
(17) さあ、あなたは腰に帯を締め、立ち上がって、わたしがあなたに命じることをみな語れ。彼らの顔におびえるな。さもないと、わたしはあなたを彼らの面前で打ち砕く。
(18) 見よ。わたしはきょう、あなたを、全国に、ユダの王たち、首長たち、祭司たち、この国の人々に対して、城壁のある町、鉄の柱、青銅の城壁とした。
(19) だから、彼らがあなたと戦っても、あなたには勝てない。わたしがあなたとともにいて、・・主の御告げ。・・あなたを救い出すからだ。」
February 16, 2009
ヨシュア記24章
ここで、ヨシュアはイスラエルの歴史をテラのときから回想する。アブラハムの父テラは、現在のイラクの地で、まことの神ではない、偶像を礼拝していた。イスラエルの父祖アブラハムは、イラクの偶像礼拝者の子であったのだ。だから、イスラエル、すなわち、神の民とは、このような神の一方的な選びによるものであることがわかる。
ヨシュアは、アブラハム、イサク、ヤコブ、そして、モーセの歴史を列挙する。
(14) 今、あなたがたは主を恐れ、誠実と真実をもって主に仕えなさい。あなたがたの先祖たちが川の向こう、およびエジプトで仕えた神々を除き去り、主に仕えなさい。
ヨシュアは、神の民に、もう一度、基本に立ち返り、主だけに仕えるという宣言を導く。
私と私の家とは、主に仕える(15)
ヨシュアのこの宣言は重要である。
結果として、神の民、イスラエルはヨシュアの指導の下、カナン占領を進める。これは、決して簡単な戦いではない。彼らが、100%神に信頼を置き、従うという決断が必要である。
したがって、次の警告が重要である。
(19) すると、ヨシュアは民に言った。「あなたがたは主に仕えることはできないであろう。主は聖なる神であり、ねたむ神である。あなたがたのそむきも、罪も赦さないからである。
(20) もしあなたがたが主を捨てて、外国の神々に仕えるなら、あなたがたをしあわせにして後も、主はもう一度あなたがたにわざわいを下し、あなたがたを滅ぼし尽くす。」
ヨシュアは、民の決断を見て、そして天に召される。同時に、アロンの子エリアザルも死ぬ。
イスラエルの一つの時代が終わり、新しい時代に入る。このとき、継承すべきは、ヨシュアにあった、純粋で、従順な信仰である。
Jos 24:1-33
(1) ヨシュアはイスラエルの全部族をシェケムに集め、イスラエルの長老たち、そのかしらたち、さばきつかさたち、つかさたちを呼び寄せた。彼らが神の前に立ったとき、
(2) ヨシュアはすべての民に言った。「イスラエルの神、主はこう仰せられる。『あなたがたの先祖たち、アブラハムとナホルとの父テラは、昔、ユーフラテス川の向こうに住んでおり、ほかの神々に仕えていた。
(3) わたしは、あなたがたの先祖アブラハムを、ユーフラテス川の向こうから連れて来て、カナンの全土を歩かせ、彼の子孫を増し、彼にイサクを与えた。
(4) ついで、わたしは、イサクにヤコブとエサウを与え、エサウにはセイルの山地を与えて、それを所有させた。ヤコブと彼の子らはエジプトに下った。
(5) それからわたしは、モーセとアロンを遣わし、エジプトに災害を下した。わたしがその真中で行なったとおりである。その後、あなたがたを連れ出した。
(6) わたしが、あなたがたの先祖たちをエジプトから連れ出し、あなたがたが海に来たとき、エジプト人は、戦車と騎兵とをもってあなたがたの先祖たちのあとを追い、葦の海まで来た。
(7) あなたがたが主に叫び求めたので、主はあなたがたとエジプト人との間に暗やみを置き、海に彼らを襲いかからせ、彼らをおおわれた。あなたがたは、わたしがエジプトで行なったことをその目で見てから、長い間、荒野に住んだ。
(8) それからわたしはヨルダン川の向こう側に住んでいたエモリ人の地に、あなたがたを導き入れた。彼らはあなたがたと戦ったが、わたしは彼らをあなたがたの手に渡したので、あなたがたはその地を占領した。わたしが、あなたがたの前から彼らを根絶やしにしたからである。
(9) それから、モアブの王ツィポルの子バラクが立って、イスラエルと戦い、ベオルの子バラムに人をやって彼を呼び寄せ、あなたがたをのろわせようとした。
(10) わたしはバラムに聞こうとしなかった。彼は、かえって、あなたがたを祝福し、わたしはあなたがたを彼の手から救い出した。
(11) あなたがたはヨルダン川を渡ってエリコに来た。エリコの者たちや、エモリ人、ペリジ人、カナン人、ヘテ人、ギルガシ人、ヒビ人、エブス人があなたがたと戦ったが、わたしは彼らを、あなたがたの手に渡した。
(12) わたしは、あなたがたの前にくまばちを送ったので、くまばちがエモリ人のふたりの王をあなたがたの前から追い払った。あなたがたの剣にもよらず、またあなたがたの弓にもよらなかった。
(13) わたしは、あなたがたが得るのに労しなかった地と、あなたがたが建てなかった町々を、あなたがたに与えたので、あなたがたはそこに住み、自分で植えなかったぶどう畑とオリーブ畑で食べている。』
(14) 今、あなたがたは主を恐れ、誠実と真実をもって主に仕えなさい。あなたがたの先祖たちが川の向こう、およびエジプトで仕えた神々を除き去り、主に仕えなさい。
(15) もしも主に仕えることがあなたがたの気に入らないなら、川の向こうにいたあなたがたの先祖たちが仕えた神々でも、今あなたがたが住んでいる地のエモリ人の神々でも、あなたがたが仕えようと思うものを、どれでも、きょう選ぶがよい。私と私の家とは、主に仕える。」
(16) すると、民は答えて言った。「私たちが主を捨てて、ほかの神々に仕えるなど、絶対にそんなことはありません。
(17) 私たちの神、主は、私たちと私たちの先祖たちを、エジプトの地、奴隷の家から導き上られた方、私たちの目の前で、あの数々の大きなしるしを行ない、私たちの行くすべての道で、私たちの通ったすべての民の中で、私たちを守られた方だからです。
(18) 主はまた、すべての民、この地に住んでいたエモリ人をも、私たちの前から追い払われました。私たちもまた、主に仕えます。主が私たちの神だからです。」
(19) すると、ヨシュアは民に言った。「あなたがたは主に仕えることはできないであろう。主は聖なる神であり、ねたむ神である。あなたがたのそむきも、罪も赦さないからである。
(20) もしあなたがたが主を捨てて、外国の神々に仕えるなら、あなたがたをしあわせにして後も、主はもう一度あなたがたにわざわいを下し、あなたがたを滅ぼし尽くす。」
(21) それで民はヨシュアに言った。「いいえ。私たちは主に仕えます。」
(22) それでヨシュアは民に言った。「あなたがたは、主を選んで、主に仕えるという、自分自身の証人である。」すると彼らは、「私たちは証人です。」と言った。
(23) 「今、あなたがたの中にある外国の神々を除き去り、イスラエルの神、主に心を傾けなさい。」
(24) 民はヨシュアに言った。「私たちは私たちの神、主に仕え、主の御声に聞き従います。」
(25) それでヨシュアは、その日、民と契約を結び、シェケムで、おきてと定めを定めた。
(26) ヨシュアは、これらのことばを神の律法の書にしるし、大きな石を取って、主の聖所にある樫の木の下に、それを立てた。
(27) そして、ヨシュアはすべての民に言った。「見よ。この石は、私たちに証拠となる。この石は、主が私たちに語られたすべてのことばを聞いたからである。あなたがたが自分の神を否むことがないように、この石は、あなたがたに証拠となる。」
(28) こうしてヨシュアは、民をそれぞれ自分の相続地に送り出した。
(29) これらのことの後、主のしもべ、ヌンの子ヨシュアは百十歳で死んだ。
(30) 人々は彼を、エフライムの山地、ガアシュ山の北にある彼の相続の地境ティムナテ・セラフに葬った。
(31) イスラエルは、ヨシュアの生きている間、また、ヨシュアのあとまで生き残って、主がイスラエルに行なわれたすべてのわざを知っていた長老たちの生きている間、主に仕えていた。
(32) イスラエル人がエジプトから携え上ったヨセフの骨は、シェケムの地に、すなわちヤコブが百ケシタでシェケムの父ハモルの子らから買い取った野の一画に、葬った。そのとき、そこはヨセフ族の相続地となっていた。
(33) アロンの子エルアザルは死んだ。人々は彼を、彼の子ピネハスに与えられていたエフライムの山地にあるギブアに葬った。